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2020年7月 7日 (火)

見逃しと空振り

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 今朝の日報のコラムに気象庁の資料には「見逃し」や「空振り」と言った用語が出てくる。と書かれていて、その「見逃しは」予報が「降水無し」だったのに実際は降水した場合で、空振りは「降水あり」だったのに実際は降水無しの場合だそうです。

 予報官の心理として、見逃すくらいなら空振りの方がましだということに繋がるようだそうです。したがって、統計では、見逃し率よりも空振り率の方が多いそうです。

 今日も朝から雨で、写真のように孫達が学校へ行く時間も結構降っていて可哀そうなくらいでした。この他に二人いるのですが、一人は一年生で、ママが送って行くとか、もう一人はいつも遅れてくるので、約束の時間が来て置いて行きました。

 いつも、孫は「爺じ今日は傘いる」と聞くので、予報を見て「今日は殆ど雨のようだから傘持って行って」と言っても、降らないときがあって(いわゆる空振り)孫が帰ってくるなり、「爺じ、降らなかったよ、傘が邪魔だった」とか言い放つのですが、「もし本当に降ったらどうするんだ、傘が無かったらびしょ濡れでかえってくるしかないんだぞ」と言い聞かせています。

 今回の九州の雨災害でも、「空振り」を覚悟で出した情報(実際はどうか分かりません)のおかげで災害を免れれば、勿論良かったし、さほどの被害がなくても、それはそれで良しと言うことですね。

 予報官の話とは違いますが、病気の発見なんかもそうですね。CTとかMRIなんかで、画像診断した結果、「見逃し」があったらどうでしょうか、命取りになりますよね。「空振り」の場合は取り越し苦労で済むことになります。

 これからまだまだ梅雨が続きますが、皆さんも行政が出しているハザードマップなどを見て、危ない箇所があれば、ちょっとした変化をも「見逃さない」ように気を張っていただきたいですね。

 いずれにしても、十分な備え、今までの経験則を信頼しない、オーバー気味であっても早め早めの対応などをして、結果として「空振り」になってもそれで良いじゃないですか、「見逃し」によって命を無くすよりは絶対良いと思います。

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コメント

つー君さんのおっしゃる通りだと思います。
「予測が外れると信用無くし信じてもらえなくなるから」と気象情報誌が言ったとか言わないとか新聞に掲載されてました。おかしな話ですよね。

安全を加味して予報して欲しいですよね、空振りしても良いから。
その様なしことをしている人は自分に信念をもってやってもらいたいと思います。
こっちは真剣勝負ですもんね。

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